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ベテルギウス

2018年05月07日 00:00

ベテルギウス


しんとした 凛とした
氷柱の先端みたいな 尖った真冬の真中で

待っている 望んでる
この夜をベテルギウスが 真昼に染めて朽ち果てる
刹那を

 仮面の下で笑えずに 無くした櫂はそのままに

  氷点下の月へと駆ける 流星群の総ては果てた
  輝きと言い難い この時の中で
  羨みも憎しみも 雪みたく凍った


張り詰めた 膨らんだ
氷が映した冬空 あまりに晴れて裂けそうだ

塞がれて 受け容れて
繰り返し終わらせてきた 夢ならその形変えて
続いた

 心の声は薄くなる もう一度すら消えていく

  ベテルギウスの終わりにも似た 憧れてしまう光があった
  精魂を殴られる 衝動のような
  辛うじて届きそうな ジェラシーのような


   流星群のような煌めきなど 放てないとして
   ベテルギウスの爆発をこの世で 見られないとして
   夜明けが来る


  ベテルギウスが導くように 流星も月も西へと落ちた

  炎のような冬茜なら 世界をシルエットへと変えた
  照らすのも照らされも 能わないままで
  そのままで踏み出せと 足跡が告げる
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橋台(彼の偶像)

2018年05月03日 00:00

橋台(彼の偶像)


あいつをずっと見続けた 
春夏秋冬、昼夜問わず
それならただの暇つぶし 
終わり一つ、増えただけで


 あいつは俺を拠り所に ブルーシートの家を建てた
 台風の度に壊れて 継ぎ接ぎしてた

 白髪交じりの髪と髭 欠けた歯だらけの微笑み
 金を稼げばアルコール 風に消されてくうわごと

あいつをずっと見続けた 
春夏秋冬、昼夜問わず
それならただの暇つぶし 
あいつでもう、何人目など

そんなのもう覚えちゃいない


 あいつは眠るその前に ペンダントをいつも見てた
 時折声をあげては 俺を殴った

 刻まれてゆく皺と傷 少し濁り差す眼差し
 女の裸のスクラップ 雨に消されてく落書き

あいつをずっと見続けた 
始まりから、終わりまでを
最期の前の日は、そうだ 
台風過ぎの、夕焼け空

涙しては見続けてた 川の流れは今日も変わらない


   置かれた花束と 群れなす人だかり
   これで三人目、いや、二人目か

   ペンダントと落書きに よく似た女一人
   うわごとの名前、ああ、この人が
                       ―どうでもいいか


あいつをずっと見てくれて 
ありがとうと、女が言った
礼を言われる覚えないが 
思いはただ、受け止めよう

あいつをずっと見続けた 
春夏秋冬、昼夜問わず
それならただの暇つぶし 
いつかどうせ、よく似た奴が

俺を頼って家を建てる 川の流れは今日も変わらない
[橋台(彼の偶像)]の続きを読む

心の瞼は常に重い

2018年04月17日 00:00

心の瞼は常に重い


あれから変わってしまったものなら
言葉で形にしたくない
あの日に終わった一つ一つを
心が養いさかむけだす

 泥に落とされ 「許せない」と立ち上がった
 その一歩で 花を踏みつけたこと見落とした
 その泥も その花さえも
 見返せば 自分自身だ


ここには未来がないとかわめいた
ここなら選んだ日があって
景色と相手が変わった世界で
心はいつでも綱渡りだ

 浅い呼吸と 病む頭でたどり着いた
 あの出口は 写し絵と見間違う入口で
 歩いてる 樹海の中で
 見上げてる 自分の殻を


安堵も答えも終結ではなく
明日には続きが待っている
新たな気懸かり 問い、待つ中にて
心の瞼は常に重い

 春来ない冬 止まない雨 明けない夜 
 どの先へも 盾としてそんな絵を隠し持つ

 いつか描いた 天国やら地獄やらに
 この無様じゃ どちらにも転べなどしないのだ
 内臓は のたうち回り
 繕っては 自分を夢む
[心の瞼は常に重い]の続きを読む

道旅(真夏から遠くまで)

2018年04月09日 00:00

道旅(真夏から遠くまで)


格子のついた窓の外で 始まった真夏から
随分と遠くまで 来た気がした―


 雨に濡れた歩道にて 立ち止まった
 雪除けの信号は 
 夜に混ざり赤になった

 通りの名がついた歌 耳に携え
 昼に撫でた獣の 
 感触だけ指に抱いた

  七月、碁盤の目をした街は肌寒い


 紫色咲き誇る 場所がやがては
 吹雪にて一面が 
 黒白なる絵になるんだ

  七月、継ぎ接ぎ伸びてく丘は果てもない

切り分けられた入道雲が 見下ろした真夏から
随分と遠くまで 来た気がした

それでもここは時の中で 地続きなんだろう
置き去った自分なら 旅の果てで
再び出逢う


   もう二度と逢わない 沢山の人々とすれ違って
   もう二度と見れない 一瞬の殆どを忘れ去って


  七月、ジオラマと化した街を見下ろした

咽返るほど熱を帯びて 居座った真夏から
随分と遠くまで 来た気がした

それでもそこは重苦しく 閉ざされた真冬へと
騙し絵になり変わる 旅の日々は
誰かの暮らしだ

  
   夢は終わり
   日々が始まる
[道旅(真夏から遠くまで) ]の続きを読む

結婚しました。

2016年05月12日 21:00

半年ぶりの更新です。

さようなら、から二回目のdialogです。

二度ものこのこ出てくるなどみっともないことは百も承知ですが、
こればかりはご報告しておきたかったので。



さて、
タイトルにあります通り、結婚しました。

ゴールデンウィーク中に婚姻届を提出し、結婚式をあげました。
相手はこのdialogの最後期に登場した彼女、今は妻です。

4年の交際期間を経てのゴールインであり、新たなるスタートです。

熊本地震が発生し、地震直後は式の開催すら危ぶまれましたが、
家族や友人に震災の影響も残る中参加していただいて、
どうにかつつがなく執り行うことが出来ました。



つらつらと書いてもいいのですが、
個人的に最も印象深かったところを一つだけ。


花束贈呈の時に、母親が両手を目一杯広げて待ち構えていまして、
妻ともしたことない堅い堅い抱擁となりました。

この子が結婚するなんて思ってなかった、ということだったらしく、
傍から見れば何だこの馬鹿親子、といった感じでしょうが、
人生で忘れられないシーンの一つになりました。



自分が結婚するなんて、
所帯の主になるなんて、
そして夫婦になるなんて。

妻同様、母親同様、自分でも未だに信じられないというのが、正直なところです。


過ぎてみて思うことは、
家族やら友人やらが自分のために一同に集い、祝福してくれることなど、
人生でこの一度きりなんだろうな、ということです。

それだけでも式をあげてよかったな、と思います。



また更新するかもしれません、しないかもしれません。
では。

Gangukago.dat ~12周年に寄せて

2015年11月11日 12:00

お久しぶりです。
福岡市暮らしももう一年になりました。とりあえず生きてます、永らえてます。
eRoiMoはあの日亡骸になり、春に概念の亡骸になり、夏に霧散しました。

初秋に玩具籠-toycage-を削除しました、
ブログの削除も考えましたが残しました、
だからこそ今こうして久々のdialogを書いています、書けています。


この一年のことを簡単に記そうと思います。
私はもうeRoiMoではなく、eRoiMoだった何かです。
eRoiMo.dat(えろいもだった)がこの一年を回顧します。



2014年10月31日

親しみすぎた部屋を彼女と去り、鍵を大家に渡し、高速で北上。
その間ずっと二人は泣いていました、ボロ泣きでした、ズタボロでした。

新しい部屋で途方に暮れ、涙腺をにじませながら眠りました。


2014年11月

二週間ほど晴天がなかった天気。
引っ越した半社宅はカビ臭まみれ、北東向きの窓、詰まる下水。
肉体労働を始めとした未経験の、畑違いの仕事。
鹿児島を離れたこと、そして金銭的な不安。

一言で言えば、鬱状態でした、精神的に完全に参ってました。


2014年12月

出張で初めて沖縄へ、二週間ほど滞在しました。
行きの飛行機で見下ろした桜島と鹿児島は忘れない景色になりました。

精神的にはある程度落ち着いてはきましたがまだまだ不安定のまま、
彼女とも上手く言ってるとは言えず、仕事も午前様で、
黴の生えた布団に横たわり考えることは暗惨たるものでした。


2015年1月

年明け早々、しばらく寝たきりだった祖母が亡くなりました。
できた孫でもなかった癖に、葬儀の日はボロ泣きでした。
半月で三回ほど福岡と鹿児島を往復し、結果的に一つ吹っ切れたように思います。

それでもスマホを洗濯したり、夜勤が続いたり、部屋が寒すぎたり、
本調子とは程遠い中でもがいていました。


2015年2月

1月末から3週間ほど沖縄出張、
それが終わったら鹿児島に出張が有り、いろいろと考えました。
仕事そのものも夜勤と午前様が続き、精神的には上がりませんでした。

誕生日と祖母の四十九日が重なり、彼女を連れて実家に戻り、
福岡に帰ったら風邪を引きました。


2015年3月

風邪は2週間以上続きました、多分軽い肺炎だったのだと思います。
またも鹿児島出張、あの部屋には誰かが暮らし始めたようでした。

出張から帰ると忙殺期は終っていて、定時上がりが多くなりました、
寒さも和らぎ始め、ようやく精神は上向き始めましたが、
そうなると今度は、空っぽになった感じが否めませんでした。


2015年4月

先月から断続的に虫歯が疼いたり、腰と肩が痛んだりしましたが、
仕事は完全に落ち着き、精神状態はようやくある程度平安になりました。
この半年でようやく落ち着いた日々の中で、
自分の限、いい意味で言えば定まった未来、が見えたような気もしました。

月末には長崎の彼女の実家に行きました。


2015年5月

GWはF.S家族とT.S夫婦が来てくれて、あと下関に行って終わりました。
中旬に会社を一人辞めました、この一年で四人辞めて私含め五人入りました。

インフラ系の仕事なのでこの頃には完全に業務も落ち着いていて、
カビ臭く暗い部屋も何とか普通に暮らせる程度にブラッシュアップして、
次のステップに進むことを考えられるようになりました。


2015年6月

月初に生涯の腐れ縁であろうA.Sと呑みました、いい報告も聞きました。
1月に洗濯したスマホに限界が来ていたこともあり、スマホを買い換えました。
nexus5、docomoからワイモバイルに乗り換えました。

梅雨空に憂鬱になることもなく、福岡の曇天の多さにも慣れ、
ようやく平々凡々に日々は過ぎて行きました。


2015年7月

夜勤も含め外勤が増えてきて、真夏の屋外作業に熱中症の危機も感じました。
汗だくで働いた帰宅後の衣類は形容しがたいものでした。

初めてクレジットカードを作りました、ETCカードがメインですが。

下旬にプロポーズ、
その前後に二人で住む部屋を捜し南向きで三階のマンションに決めました。


2015年8月

盆に彼女を連れて実家に行きました、祖母の新盆がありました。
また、弟の新築新居に行ったり、三月に生まれた甥(第二子)に会ったりしました。
そして親から新車を提供されました、ほぼ最新のタントです。

下旬にスーツを着て彼女の実家を訪問し、結婚のお許しを頂きました。
彼女の実家に初めて宿泊しました。


2015年9月

ついに引っ越しました、二人暮らしが始まりました。
一週間もすると二人とも一年暮らしてたかのように馴染んでました、
鹿児島で暮らしたあの部屋と雰囲気が近いのもあったのかもしれません。

引越直後、彼女の実家側で双方の両親が対面しました、
事実上お金のかからない結納です、同棲というよりも新婚前という様相です。


2015年10月

引っ越すと同時に仕事が本格的な外勤ばかりになり、
しかも早出の午前五時起きだったり、夜勤で午前七時寝だったり、
肉体的にも精神的にも疲れていましたが、
家で一人ではないということは思ったよりいいことなのだと知る日々でした。

そして、東京ヤクルトスワローズ14年ぶりの優勝、万々歳です。




こういった感じです。
正直、9月に引っ越してからとそれ以前は精神的には別物です。
一気に将来に向けて目が行くようになりました、
それまではずっと引きずってました、
ようやく、スタートラインに立てた気がします。


鹿児島への未練、無念は大分薄くなりつつも消えていません、
消えることはないでしょうが、今の家で暮らしていくことにベクトルは向いています。

玩具籠もGangukago.datとして、
どこかで詞や写真だけでも掲載復活したいと考えています。
それが私の新しい碑です、鹿児島と福岡を繋ぐ。


たまに振り返りながら、
福岡で、生きていきます。
ふたりで。


それでは、
また気が向いたら更新します。


music:
ヨクト・雨男 - amazarashi

福岡引越前後にリリースされた「夕日信仰ヒガシズム - amazarashi」は、
春辺りまで心の支え。


玩具籠-toycage-とeRoiMoは鹿児島に沈めます。

2014年10月31日 09:00

●最後のdialogになります。

このdialogをもって、
ホームページである玩具籠-toycage-、並びにdialogを活動停止します。
また、SNS等も同時に活動停止します。


理由は、
一つに、転職の転居で何か捨てる覚悟が必要と考えていて、
ウェブでの自分の分身がそれに妥当な、充分すぎる重さがあると気づいたこと。

もう一つに、あまりにこことこのハンドルネームは、
鹿児島市で暮らすことと密着しており連れては行けないと判断したこと。
以上になります。


事あるごとに、このウェブページは開設から10000日続けたいと言ってきました。

色々な意味をこめて、纏わる諸々含めて、年に一度くらいは更新するかもしれませんが、
2003年11月11日に開始したこのサイト、並びに派生した諸々を、
2014年10月31日、4008日間、11年弱、40%強をもって、
ここに、鹿児島のイカリとして、沈めます。


ネット上の凡てをそのままにして福岡に行きます、
いつか復活する日があるかもわかりません、ないかもしれません。
またネット上のどこかでお会いしたら、
その時は宜しくお願いします。


鹿児島で、鹿児島市で生きてきたことの碑として、
玩具籠-toycage-とeRoiMoは鹿児島に沈めます。

ありがとうございました、
さようなら。

あしたはもうここにいない。

2014年10月30日 22:00

●2014年10月。

1日。 面接、条件が悪かった。
2日。 フルコミッションの会社を面接、ほぼ採用前提で話が進む。
3日。 何もない日。気分はとかく滅入る。
4日。 彼女の知人から、とある会社を案内してもらう、即面接取り付け。
6日。 2日の会社から採用通知をもらうも蹴り、上福。
7日。 前出の会社の面接、即採用決定。
8日。 帰鹿、心は激しく揺れ動くも福岡に行く決心を固め始める。
9日。 某会社の面接を受けるも、完全に消化試合モード。
10日。 引越し準備の最初として漫画を売る、20冊で300円。
11日。 大学の友人ケイユウを緊急招集し、部屋呑み。
12日。 何もない日、3日とは気分が違った、それは明るさだけではない。
13日。 引越見積を一括でできるサイトで依頼。
14日。 感傷的な気分により夕陽を見に行く、見積メールが30通も届く。
15日。 本格的引越準備スタート、埃で頭痛がする。
16日。 見積訪問してきた引越会社で引越決定。
17日。 大家に引越の旨報告。
18日。 高校の友人、邪友とヨッシーで部屋呑み。
19日。 1週間で捨てたゴミが45リットルゴミ袋換算で10袋到達。
20日。 予定されていた幾つかの面接をこの日よりサボる。
21日。 おそらく最後にハローワークに行った日。
22日。 ストレスの霧散か溜込か、2週間で2-3kg肥ったことが判明。
23日。 最後の鹿児島ロングドライブ計8時間。
24日。 インフラ等、転居手続きの電話、電話、また電話。
25日。 新生活への買い出し、IH調理器やらローカル調味料やら。
26日。 引越準備は断捨離と知る。
27日。 市役所・銀行等、手続きを一気に済ませる。
28日。 明け渡しのための荷造り、大掃除。
29日。 業者に荷物を渡し、部屋はがらんどうに。
30日。 最後の日、彼女と思い出の場所を巡る。

31日。 引越、福岡市へ。


この一ヶ月を折角なので書き出してみた。

これだけ毎日何かあったのはいつぶりだろうか、
もしかしたら人生で最も激動だったかもしれない。


この後は何を言っても野暮になる。


明日からいよいよ福岡市民。
この部屋で眠るのも今日が最後、明日の朝には旅立っていく。

ありがとう、さようなら、色々なメモリーズ。


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