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ダブン・エクスキュース

2014年02月23日 22:30

●日記に書くことが思いつかないと、とりあえずネタを捜す。


最近は詞もあまり書けてないので、
ネタのない時はdialog開始前に書いていた過去詞を掲載しているが、
それもあまり頻繁だと(自分の中で考えている)バランスが崩れる。
多くて三週間に一度、それが許容範囲。

風景写真/写真日記も撮る頻度が最近減った。
鹿児島県内本土はほぼ行きつくし、
新しい景色に出逢ってぐっとくる頻度がめっきり減ってしまった。
かと言ってとんでもなく遠くへ行くほどのグッドリビドーも、ない。


この個人的に大きかったコンテンツの新作頻度が減ったのは、
感受性がすり減ってきていることが大きいだろう。
加齢に加え、外部からの刺激も少ない昨今、
また何かあれば増えるかもしれない。

その発端となる刺激は残念なことにネガティブな要素のことが多いのだが。
そういう人間なので。

CDアルバムなどに於いても、
どちらかと言えばネガティブな神経で作った作品のほうが琴線に触れることが多い。


音楽関係の記述も、基本的にはまったミュージシャンやコンピ盤。
一枚のアルバムを詳しく紹介するような器量は持ち合わせていない。

それは楽器に対して無知な故でもあるし、
自分の音痴さ(発声のみならず)で躊躇われる部分がある。
好きなことを書くとすればもうそれは詞の話に終始してしまいかねない、
そんなのは音楽紹介ではない。

えろいもと「えろい」も(検索ワード晒)など、もうエロワードで来る輩がめっきり減った。
検索アルゴリズムが変わったのだろう。
第一、頻度が高ければ高いほどdialogの検索が汚染される諸刃の剣だ。

テキスト/雑文、これが一番書けるのかもしれないが、
twitterの短文に凝縮することに慣れすぎて、
長々と持論をぶちまけることはもうあまり出来そうにない。


twitterがある故にdialogが書きづらくなったのは事実で、
そこで大抵のことは話をしてしまい、
dialogに小ネタとして出すことももう同じ内容の繰り返しになり新鮮味がない。
そういうのはツブヤキッター(twitter個人まとめ)でしてしまっている。


…書くネタがないという言い訳だけで、dialogを一つ書こうとふと思い立った、
それがこの駄文。

upするのは廿二時半固定にしてるので、その十五分前から十分で推敲もなしに、
ただキーボートにぐだぐた垂れ流しただけ。
それだけ。




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GANGUKAGO 10th (5) The Day 20031111 and After

2013年11月09日 22:30

玩具籠-toycage-は2013年11月11日をもって10周年。
そこで10年の複雑をあれこれ書いてみようかという短期集中企画。


第五弾、ここ十年のリコレクト。



●ビジネス、ソーシャルな面、外面。

2003年11月、玩具籠を開設した頃、大学三年生。
早い人はそわそわ就活を始めていたが、自分はのんびりしてた。

2004年2月、出遅れたことを悔やみながら必死で就活スタート。
第一社に内定が出たのは6月か7月、教職とどちらをとるかで就職を選ぶ。
その後、卒業までニートそのものの生活、
やがて飲食店のバイトも辞め、昼夜逆転生活。


2005年4月、第一社入社。
配属先は会社で最も忙しい部署、某社の専属営業、
10月は月の休みが2日あっただろうか、そして毎日午前様。
自分の使えなさに苛立ち嘆きパニックになっていた。

2007年、統括していたKS先輩が異動になり、MK先輩とタッグを組む。
MK先輩の長話に辟易したり、衝突したり、説教を戴いたりしながら効率化を進める。

白髪が増え、体重も増減を繰り返し不安定な時期ではあったが、
TKさんやイアネイが後に参加し、先方の協力姿勢もあり、
忙しくも充実した仕事をしたと言える期間が凡そ3年。

2009年末、その仕事がなくなり工場をほんの少し経て2010年、別の専属営業へ。
311などもあり頑張ろうと思えど半ばノイローゼになり、2011年秋某日、完徹の夜に心がぼきりと折れた。
見るに耐えなかったのだろう、2年で異動になる。


2012年夏、不況に拠る会社都合により第一社を退社。
失業給付などももらってのんべんだらりと無職生活を謳歌する。

2013年4月、第二社に入社するも3ヶ月で、疑問符のつく理由によりクビ。
外回りの営業、ようやくコツを掴んだ矢先、これからの糧か。


そして現在へ。
もう一つ出来事があるのだが、それはまた後日。




●プライベートな面、内面。

内面、と書いてはみたものの、思いつかない。

日々では見えないにせよ、年々ではあるはずの変化、
それは仕事のように確かな岐路やエポックといえるものがないからだろうか。


・昔にくらべると良くも悪くもどうでもいいと思えるようになった。
・自律をいう面では成長したが、型にはめたがるようになっただけの気も。
・自分の一種の燃料だった嫉妬心はもうどこへやら。
・杞憂癖や劣等感は薄くなったものの、気がつけば歪な形で顔を出す。

ぱっと思いつくのでこういうところだろうか、
心は出来事とは違い、掴みどころがない。

出来事はすんなり浮かぶが、その時の心境、心の変遷はやはりわかりづらい。
変わったのか変わってないのかすら朧、それが心、か。


10年続けてきたここが、心の身代なのかもしれない。

昔の日記を読むと「ああ、裏ではこんなことがあったな…」と思い出す。
書けないこと、書きたくないこと、それをどこかにひっかけてくれる存在がここ、
とは言いすぎかもしれないが。

GANGUKAGO 10th (1) The origin of GANGUKAGO

2013年11月01日 22:30

さて、玩具籠は2013年11月11日をもって10周年。
そこで10年の複雑をあれこれ書いてみようかという短期集中企画。


第一弾、誕生の日と玩具籠、eRoiMoの由来。



●2003年当時、邪友含めた数人の友人が個人的ウェブページを持っていて、
その年の夏にようやく自宅にウェブ環境を導入したのがきっかけ。

ちなみに一台目はMebiusのOS:Me/メモリ:64MB/HDD:8G、時代を感じるノーパソ。
すぐに壊れ、ケイユウ辺りと相談しながら、
OS:2000PRO/メモリ:256MB/HDD40Gに買い換える。

その後、ホームページビルダーをタダ同然で譲り受ける。

2003年11月11日。
今にして思えばしょぼいコンテンツを作り上げ、基本機能を覚え、
キリのいい日を探していたところ、1が4つ並ぶこの日がいいなという結論に辿り着く。

当日夜に邪友の泊まり込み協力で悪戦苦闘し、
夜が明ける頃にアップロード完了。


今思い返せば右も左も分かってない状態、
google検索もろくに使いこなせてないし、
ウイルス対策ソフトの重要性も知らなかった、ノーガートノースキル。

それでも実践的に知識を習得し、ウェブで火の粉を被ることもなく10年目。



●玩具籠-toycage- の由来。

「ここにあるのは自分が使える言葉や写真がもたらす脳内の『玩具』だ、
しかし、それは自分という脳内の『籠』の中から出ることは出来ない」という小難しい意味。

ここにある全ては、見聞したものを自分の中で整理したり組み立てたりしながら、
一種の「高め」をしたものであるはずだが、それは自分の限界から出ることは出来ない。
その時の自分の範疇で作り上げたものでしかない。
ならば、その範疇で作ってやろう。

これは全てが後付け。


実際は、
当時ヘビーローテーションだった曲から単語を引っ張り出して、つなげただけ。
『brain-toy』と『cage』を、別個の曲で印象に残ったこの二単語をつなげて『brain-toycage』。

そしてbrainという言葉に今で言えば中二病なニオイを感じたのでこれを取り除き、
さらに日本人だからサイト名はやはり日本語でいったほうがいいなという思いが芽生え、

『 toycage → 玩具檻 → 玩具篭 → 玩具籠 → 玩具籠-toycage- 』

ちなみにcageが籠なのは、鳥篭がbird cageと呼ばれているので。
ガングオリorガングカン、という読みが個人的にしっくりこなかったのもある。



●eRoiMoの由来。

先ずは変遷から、
『 odoriko → keen-a-go-go → E.G.A-cyot → ( → えろいも ) → eRoiMo 』

…全部に説明が必要、か。

odorikoは一番分かりやすい、そのまま村下孝蔵氏の楽曲。
サイト名は上記の通り考えに考えていたが、名前をうっかりすっかり忘れていて、
とってつけたようにこれに決定。

keen-a-go-goはウェブページアカウント名そのまま、
『XXXX-a-go-go』という言葉の響きが良さそうだったことに加え、
尖った感じを与える『keen』を付加、もう一つ意味はあるといえばある。

アカウント名をgangukagoやeroimoに変えようと何度か考えたが結局このまま。

E.G.A-cyot(エガ・キョット)が一番分かりにくい、
簡単な言葉遊び、toycageの英字を逆に並べて適当に区切りなどをいじっただけ。
すわりが悪いと思いつつも、結局eRoiMoと併用しながら一年半に渡りこれを使う。


そして現在のeRoiMo。
2004年8月、別ハンドルネームを使っていたチャットに参加してたウラチエからの、
「新しい名前考えよう!」「エロい紫芋、略してえろいもだ!」という気まぐれに端を発する。
ローマ字変更などを経てこれに落ち着く。

フルネームと呼んでいいのか、エロい紫芋はその後、
『 エロい紫芋 → エロくない紫芋 → エロい芋焼酎 』と変遷して今に至る。

『eRoiMo(えろいも)』と名乗っていたが、
某成年コミックや某バンド略称や某ネトゲアイテムとかぶったので平仮名は削除。
変体仮名がウェブで使えたなら『江露伊茂(と書く変体仮名)』にしたのだが。

オカルトーク。

2011年01月22日 22:30

真冬にオカルトトークをやってみようと思う、
怖がらせる意図はないのであっさりとした書き方でいくつもり。
神秘心霊体験とか苦手な、というか嫌悪する方、さあブラウザの戻るボタンを。

大学生くらいまでは二年に一度くらいの頻度でそんな体験をしていた、
今はもうすっかりそれもなくなってしまった、
いや、社会人でも一応あったか。

とりあえず、その中から幾つかピックアップ。



●幼稚園の頃の話。

ある真夜中に目が覚め、トイレに行った。
用を足そうと思ってドアに手をかけた瞬間、
何となく後ろを向いた。

そこに白黒反転した自分の影、
つまり真っ白な自分の輪郭がそこから見える窓に映っていた。
光が影を作ったとして、反転することなどありえない。

影絵のように映ったそれが、自分と違う動き(手を挙げた)をした時、
そのまま飛んで布団に戻った、
その日は殆ど眠れなかった。



●小学校中学年の頃の話。
どうでもいいがこの話は10年近く前に、2ちゃんねるのオカルト板に書いた記憶がある。

とある休日、隣町まで自転車で出かけ、
いつもと違う道を走っていたら迷ってしまった。

ふと、ある住宅街を曲がったら海が広がっていた、
家々やアスファルトがそのまま海につながっていた。
その日は迷子だったこともあって、
「また来よう」と思って来た道を引き返した。

高校の頃にその道を見つけたが、
そこは湿っぽい崖があるだけだった。
そもそもそこは、海からは10km以上離れた場所だった。



●高校生の頃の話。

とある真夜中、
目覚めたら金縛りにあっていて、
明らかに誰かに体中押さえつけられている感覚があった。
見えないのにはっきりと女と分かるそれで。

どうやってまた眠ったかは覚えていないが、
目覚めた時、左手首に掴まれた跡がくっきり残っていた。

自分の手と比較しても明らかに小さい、
血と思しき赤いもので。



●大学生の頃の話。

帰省してたとある日に友人とドライブに行き、
少し前に事故のあった海岸に行った。

ふと海を見ると人影があった、しかも数体。
月の出ていた夜だったが、それは全身に墨を塗ったように真っ黒で、
波に浮沈することなく、少しずつゆらゆらとこちらに近づいていた。

理由は言わず友人を急かし車に戻った、
離れてから理由を話したが一笑に付された。



殆どは思春期の過剰な意識ゆえかもしれないと思ったりする、
まぁ、与太話ですよ。

私乱文「休日前夜、二十五時半」

2010年06月05日 23:00

 久々に飲んだビールによってもたらされた胃の膨らみをいなしながら、既に日課となったiPodnanoの選曲を終え、取り出す。フォルダ分けしたミュージシャンは先頭の15曲前後をマイフェイバリットとしているが、その曲順入れ替えや取捨選択に日毎時を費やす、それを無駄だと思ったことは一度としてない。
 半年前に買った安物のライトスタンドを点灯して、部屋の電灯を消す。部屋全体を照らす照明は酔いどれた心には合わない。明るいところに身を置くのは日中と素面の間だけで充分だ、寧ろ持て余す、多すぎる。そうやって部屋の中に扇風機と換気扇のモーター音と、蚊取線香の偏屈なアロマテラピー気取りの匂いだけにして、酒の回り始めた体をなすがままにする、これまた安物の座椅子に体を預け、今日のことを決して思い出さないように、目を閉じる。
 それにも飽きて、二本目のビールを取り出しに五歩の距離にある冷凍庫に向かう。初夏のこの時期は凡そ三十分が冷凍庫で所謂キンキンに冷えた状態にするのに妥当な頃合で、幾度とも無くシャーベット状のビールだの発泡酒だのサードビールだの飲んできた自分が辿り着いた境地だ。
 一口目を思い切り流し込む、胃の中にじわりと沁みこんでいくのが分かる。日頃飲んでいる焼酎のお湯割り(しかも湯8:焼酎2)ではこうはいかない、二日酔い防止と金銭の都合でここ最近は特別なことがない日は焼酎を飲んでいる。かと言ってその特別なことは、明日が休日であるという、それだけ。人間というのはいくらでも無理やりな理由を作り出せる代物だ。
 iPodnanoのカーソルをぐるぐる回しながら、今日は聞きたい曲がないことを知る。酒用にこしらえたブックマークを漁りながら、今日は見たいものも読みたいものもないことをこれまた知る。諦めて玩具籠-toycage-をメンテナンスを兼ねて見ることにする。
 第三者の視点で見ようとするがそれは到底無理な話で、ブログの日記の行間にある歯軋りしたくなるような出来事や、ひた隠しにしている感情や、出し惜しみした欲望など自分以外誰も知りようが無い。それは詞における脳内に残る没フレーズや自己満足の裏設定も同様だ。写真ですらもその時に、自分が何をもってそのシーンを写し取ったか、そこに伝えたかったことは何か、それを誰も知りようがない。
 伝えてみたいものだが、伝えても意味がない、いや、寧ろ伝えることでそれは腐ってしまう。それはここまで怠惰な中にも刺す茨をくぐりぬけた自分だけが知っている、それぞれの茨、それは共有できるものではない、どんな親友や恋人や親や兄弟や子供であっても。それに思い当たり滅入るが、それは心地いいものとして分類されている、自分の中でそう分類している、ある程度の表皮の厚い殻が自分の中には確かにあって、そこに安穏と存在している自分を認めている。
 その境地に辿り着くことをおそらく学生時代は想像していなかった、大人というのはもっと大人であると思っていた。だが今ならこれも大人だと言える自分がいる、そこに介在の余地はおそらくない。
 日記を読み返し、とあるエントリーまで来てふと思い出す、去年の冬のことを、切欠を。あの時届かない拍手をした自分の中で壁が壊れた、自分に醜さの止めを刺したトラウマが露になった。友人にそれを嬉々として語れるようになった、必死に覆い隠したものは全くもって意味がなく、それによって凍りついた、もしくは錆びついていた歯車は回り出した。ただ、それはあまりに遅かった、脱皮だと思い込んだものが抜け殻だけだったことは程なく理解した、そしてそれをすぐに飲み込める自分がいたことにも気付かされてしまった。
 おそらく、最初からなかったものを失ったつもりでいた、果たして何時、得たつもりになっていたんだろうか。

 それでも日記を読み進め、二本目を飲み干し、二年ばかり前までちょくちょく書いていた私乱文と名をつけた校正なしの垂れ流しエッセイまで行き着いた。今の気持ちを私乱文として久々に書いてやろう、そう思い立ちショートカットにあるメモ帳をクリックして、三本目を取りに冷蔵庫に向かった。

アイアムアマダオ

2010年01月03日 00:00

●ほら、有名人や漫画キャラでいうと誰に似てる?
とか言われることがあるじゃないですか。

私の相似遍歴。
約十年前に(目の部分がという非常に狭い)条件付でジミー大西、
約三年前にニィジェンイー(漫画「最遊記」のキャラ、漢字は●健一、●は人偏+称の右側)。


もうこの時点でカオス。
というかこの二人も良し悪し含めフィルター込みで、
実に芸能人やキャラに例えづらい顔の私。



本題。

というわけで自薦します。
今後、私が何に似てるかをキャラで説明するときは…。

『(眉毛の太い)マダオ【長谷川泰三】』でお願いします。

【一行補足:漫画「銀魂」のキャラ、無職で公園暮らしの別居妻帯三十代。まるでだめなおっさんを略してマダオ】

やつれたとまで形容される顔つきと髪型(たまに生やす顎鬚)、ダメ人間のおっさん。
非常に私の親和性の高いキャラだと気づいたわけです。


ましてあと数歩転げ落ちれば公園暮らしも夢じゃない昨今、
十年経って老けて眉が薄くなったら、
境遇も含めてリアルマダオも夢じゃない。

…そこは夢であってほしい。
ここ笑うところですよ、念のため。

…笑え。



…いっそ同系統のグラサン買ってみようかな。
…作務衣みたいなもの羽織っとけば充分戦えるレベルだよな、何に。
…それってもうコスプレの領域だよな。
…でもそんなことやったって参加する気ないし、鹿児島であるわきゃないしな。
…てかそういうコミケライクなもの、二次創作自体に好意的な感情ないしな。
…そんなんだからサブカルにもオタクにも素養あるのに走れないんだよな。
…とりあえずそれはいいことにしておこうか。
…そういや、女装するなら西洋喪服(mourning dress)だとか昔思ってたな。
…今でも変わってないな、そこは。
…どうでもいいや。


綾波レイの源流は森田童子。

2009年10月03日 23:00

今更エヴァンゲリオンや綾波レイについて説明する必要はないだろう。
そして、後代のアニメキャラクター造型(雪代巴、長門有希etc...)に多大なる影響を与えた綾波レイ、
その源流は実は森田童子まで遡れるらしい。

順を追って説明すれば、
綾波レイのそのそものモチーフは、筋肉少女帯「何処へでも行ける切手」という楽曲の、
>包帯で真っ白な少女を描いた切手をもらって どこまでも行こう 
の部分だ。

この「何処へでも行ける切手」にもモチーフがある、丸尾末広「少女椿」。
(個人的には猟奇的すぎて勧められない、江戸川乱歩を読破した私でも映画は八分でギブアップした)
身寄りなしになり、サーカス団の一員になった「みどり」の数奇な運命、
一行であらすじを言えばこうなる。

そしてここまでの一連のモチーフの流れは、
wikipediaでも紹介されているほどに知名度はある。


本題はここから。

最近知ったのだが、少女椿の主人公「みどり」、
これは森田童子の楽曲「セルロイドの少女」がモチーフになっている。
確定ではないが、実際に「少女椿」のテーマソングに使いたいという打診があったらしい。
(森田童子…学生運動の終結しかけた70年代末、それらへのレクイエムでカルト的人気を博し、
ドラマ主題歌「ぼくたちの失敗」により知名度も向上した女性シンガー)

以下、歌詞より引用。

>七色のライトが夢の家族を呼ぶ
>ああ淋しい家族合わせ 火を噴く弟 母の水芸

>一輪車で 十七歳のミドリちゃんは 
>孤独の荒野ひた走る がんばれ がんばれ ああ家族合わせ


youtube→ http://www.youtube.com/watch?v=spZImCkt6Mk

サーカス団の家族を描いた、森田童子の中でも異色と言えるこの曲、
少女椿を見た人ならピンとくるかもしれない。


つまり、

森田童子「セルロイドの少女」
→丸尾末広「少女椿」
→筋肉少女帯「何処にでも行ける切手」
→綾波レイ

この一連の流れで、
一般的知名度の低い雑技団家族の少女を歌った歌は、
日本で最も知名度の高いアニメキャラクターへと転身を遂げた。


…というか、
いくら検索しても、セルロイドの少女と綾波レイの関連性を書いたサイトがなかったので、
おそらく誰かが気づいているだろうことをわざわざ書いているだけだったりする。

ジャパニーズストリートチルドレン。

2009年01月29日 23:52

●新宿歌舞伎町のストリートチルドレンという話題を耳にした。


日本にストリートチルドレンなどいないと思っていた、
あえていえば「おめでたい」人にとっては衝撃的なことなのだろう。
ホームレスなど、単に乞食を言い換えて広義に適用しただけであって、
発展的に考えればいても不思議ではない。

あえて上で乞食と書いた。
どこかの誰かが「差別用語」と勝手に決めて使うことが一般に許されなくなった言葉、
それでさらに差別がなくなるどころか深層に潜んでしまった気がするのだが、
それはまた別の機会に。


以前ストリートチルドレンだった人間と接触したことがある、
接触と書いたのは関わる、まで行く前に私がその関係を断ってしまったからだ。

今よりも格段に臆病者だった私は余計なことに巻き込まれたくなかった、
興味を惹かれつつもその底や裏を恐れ逃げ出した。
相手にしてみてもそんな興味本位の人間など、
それまで腐って捨てるほど見てきたはずで、
恐らく遅かれ早かれ関係は消えてしまうものだったろう。


これを読む人が子供の頃を思い出す時に浮かぶだろう、
好きなテレビ番組や本、学校や友達のこと、若かった親etc…

それと同様に路地裏や街の隅や駅や空家で夜を越え、
親のいない子供だけの、そう呼ぶにはあまりにも拙いコミュニティで、
汚い大人の世界に翻弄されることだけで、
それでも永らえた、永らえることしか出来なかった子供達、
その人の過去はそんなストリートチルドレンの一人、一つだった。


その頃の私はそれを当然と、いや、そういうこともあると嚥下できるような人間ではなかった。
今ならまだ他の切り口からその人と付き合えたのではないか、
などと考えてしまう、愚かな思考だ。
その人の生い立ちを分かるというのは、
ぬくぬくと生きてきた者には推し量ることはきっと出来ない。

結局私も「おめでたい」人の輪の中から脱出することはないのだ、
ただ、これはおそらく脱出しないでいるべきことだろうが。


その人は一般人が「かわいそう」と思う、そんな言葉が入る隙間も余地もない、
強かで強く、冷たい鉄の塊に命が宿ったような人間だった。
それはおそらく逆で、
宿った命が運命によって冷たい鉄になってしまったというほうが正確だろう。

今、その人に逢ったら、とふと考えることもあるがやはり何も浮かばない、
私が与えられるものなどないと今でさえ思う、それは物理的な意味合いではない。


余談だが、私の詞の中で幾つかその人からのモチーフが出てきている。
私にとって、その程度のことかもしれないし、それほどのことかもしれない。


日本にストリートチルドレンがいることはそんなに驚くことではなく、
それを救えないことを疚しく思ったり、悲観的になる必要はないと思う。

ただ、確実に日本に存在することだけは理解すべきことで、
個人的にはそれを覚えておいてほしい、
そんなことは言えた義理もないのだが、そう願う。


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