スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一枚の絵(四年半の沈黙が破れた日)。

2014年05月01日 22:30

無職期間中、いやその前から、
悔しいこと、苛立つこと、哀しいこと、寂しいこと、切ないこと、虚しいこと、etc…
色々あったが泣くことはなかった。

もう最後に泣いたのは四年半前になる。

心を折られた第一社(2011年)の秋、
心を壊されかけた第三社(2013年)の冬、
心を蝕まれる今尚続く無職期間、
個人的なことでズタボロになったことは幾度もあった。

社会的なことでは東日本大震災があった。
それでも、どの機会でも泣くことはなかった、空っぽになってばかりだった。

最後に泣いたのは、今にしてみれば、
「(確かにいいけど)何故これで…?」と思うような動画だった。


その涙腺が、昨日決壊した。


一枚の絵。


間違いなく、他の人にとってはどうでもいい絵だろう。
だが、私にとっては違った。
自分のろくでもない残念極まりない過去、
その全てが報われ、救われ、浄化されたような、そんな一枚。

理由もなく涙が零れた、
いや、理由はきっと上記のようなことだろう。
それでも、そんなことを思うよりも先に頬を雫が伝っていた。


今がどうであれ、この絵をあの自分に見せてやりたい。
遥か先で「(今日まで)生きていてよかった」と、
その一瞬でも心から、いや寸分の疑いもなく思えた、その瞬間の自分丸ごと。

死にたがりの自分でも、何とか永らえれば、
その自分には馳せられもしない遥か先でこういう時があった、
ということを伝えてやりたい。


そして、絵を見て感情よりも先に涙が落ちた自分がまだ存在する、ということも覚えておきたい。
覚えておく、忘れない。


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://eroimo.blog104.fc2.com/tb.php/1192-35e393e5
    この記事へのトラックバック


    最近の記事


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。